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僕の頭の中~文房具ライターの秘密~

文房具ライター:猪口文啓の頭の中(考えたこと、考えていたこと、秘密にしていたことを紹介します)

「修復」と「再生」について

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生きていると喜怒哀楽が容赦なく襲いかかって来る。長い間生きているので、ある程度コントロール出来るようになってきたがまだまだ修行が足りないようだ。今月は、自分が基本もろくて崩れやすい人格だということをつくづく思い知らされた。

やはり一番ダメージを受けるのは、周囲の人が亡くなってしまうことだ。頭では理解していても、もう会えなかったり、会話も喧嘩も出来ないと思うと切ない。この切なさは、どうにもならない。時間をかけて「修復」するしかないのだ。

今日は、その「修復」と「再生」について書いておきたい。

 

 

心の「修復」と「再生」について

 

僕は毎日のように人通りのある縁側で座り込んで道行く人たちに微笑んでいるけれど、とても笑う気になれない日がある。そんな時には誰もいない中庭に座り込んで、自分だけの作業に没頭したい。とにかく粘土を練るような作業がしたい。

その作業は思いつく限りの思い出の破片を集めて、自分の中からごっそりと持っていかれそうな部分に粘土を使ってその破片を塗り込めていくのだ。その作業を続けていくうちに、いつの間にかその部分が「再生」してくるのが実感されるのだ。

そうするとその喪失感が和らいできて、過去に数年間戻ってやり直すことができる。年齢を重ねるうちに、そういう作業をしないとやっていけなくなっていることに気がついた。「修復」と「再生」はそんなプロセスなのだ。

何かをなくすことは辛い。自分から意志を持って手放すのはいいのだけれど、引き剥がされるのは痛みを伴う。その痛みはやけどした痕のようにいつまでも引きずる。だから「修復」の作業は大切なのだ。

 

 

実際にあってもなくても同じ状態に戻してあげること。

 

おばあちゃんが死んだ時の喪失感はどうしようもなく大きかった。おばあちゃんは昔からよくどうしようもない僕を褒めてくれた。褒めてくれる人は少なかったので、おばあちゃんの言葉は心の支えだったのかもしれない。

「お前はしっかりしている」「お前は良い子だ」と繰り返し言ってくれたことには感謝している。でも、死んでしまったのでもうそんなことを語りかけてくれる人はいない。僕はそのなくした穴を粘土を使って塗り込んで「修復」した。

その「修復」した部分は、よく見ると元どおりにはなっていないのだけど、「修復」していないよりも大いに良い感じである。センスは良くないけど、意外に頑丈に出来ていて今までの機能は十分に果たしている。

 

 

さあ、「再生」して街に出よう!

 

僕は粘土をこねて汚れた手を綺麗に洗って中庭から、もう一度縁側に座りなおす。もう一度外を眺めて見ると、同じ人たちの流れを見ても上手に微笑んでいられる自分が良く分かる。こうやって魂は「再生」する。

僕は知っている「再生」しないと、中庭に居続けるしかないことを。中庭に居続けたら、周囲とは関係を持てないことを。そして、長時間居続けたら時計が止まってしまうこと。そして時計は止まっても時間は流れ続けること。

さあ、一刻も早く「再生」して街に出よう。みんな同じように傷つき悩んでいる。そして何度も「修復」と「再生」を繰り返して頑張っているのだ。頑張りすぎる必要はないが、確実に歩いていくために「再生」しよう!

 

 

 

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