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僕の頭の中~文房具ライターの秘密~

文房具ライター:猪口文啓の頭の中(考えたこと、考えていたこと、秘密にしていたことを紹介します)

正解はない、迷いながら生きて行く。

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最近「そんなに頑張らない方がいいよ」と周囲の人に言い続けている。そんな風に言われた人の反応は「あなたはいいけど、私は頑張らないといけない時期なのよ」とか「頑張りたくないけど、やるしかないの。仕方ないでしょ」と反論される。

 

ここの部分は、なんとなくであるが「日本の教育」が悪いように感じる。社会を形成する上では必要条件なのかも知れないが、頑張ることや規律を乱さないことが美徳であるという意識が底辺にこびりついてしまっているみたいだ。もちろん僕もそうだ。

 

頑張っていないといけない気がする。予定がないとつまらない人間のような気がする。さらには仕事がないとダメな人間のような気がする。僕でさえ恐ろしいほどの強迫観念が生きているだけなのにつきまとってくるのだ。恐ろしいことだ。

 

もっと肩の力を抜かなければ、最後までもたないであろう。マラソンを走っている途中で座りこまないように、力をセーブするしかないと僕は改めて感じた。走っている僕ではあるが、座り込んでいる僕も許してあげられる大きな人間になりたい!

 

 

「言葉を食べて力となす」林家正蔵師匠の言葉

 

何度も、何十年も高座に上がっていても緊張する。まるで駆け出しの前座のようにドキドキと胸が高鳴るのだ。悩み、苦しみ、気弱になる。ここは性分だからしかたがない。そんな時は「人の言葉」が何よりもの道標になる。

 

あれほどの技を持った落語の師匠でさえ緊張するのかと、新聞記事についていたコラムを読んで驚いた。そうであるなら、僕たちのような人間は緊張して当たり前ではないか。もっと言えば失敗して当たり前ではないかと考えた。

 

師匠は「言葉を食べて力となす」と揶揄してみえたが、我々のような凡人なら100点満点どころか60点くらいで十分なのではないだろうか。僕たちは「本当にこれでいいのか」とビクビク怯えながら生きて、死んでいくのではないだろうか?

 

 

心にも「オートファジー(自食作用)」が必要なのだ。

 

もう一つ最近新聞を賑わしているノーベル賞を受賞した「オートファジー」。細胞が不要になった細胞を自食することを証明したものだ。細胞がこうであるならば、僕は心にもこの作用が必要ではないかと考えた。

 

何かを飲み込んだり、飲み込まれたり、破壊されたり、再生したり。何が「正しい」とか「正しくない」とかもない。さらには「こうあるべき」という確固たるものもない。僕たちはいつでも迷いながら生きているのだ。

 

正解などなくて良いようにさえ思えてきた。それで良いのかもしれない。

 

 

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