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僕の頭の中~文房具ライターの秘密~

文房具ライター:猪口文啓の頭の中(考えたこと、考えていたこと、秘密にしていたことを紹介します)

雨の日に「世界の裏側」のスイッチを押した話

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久しぶりに雨が降った日に、彼女に付き添って産婦人科に行った。そこはとても男が入れるような空間ではないと思っていたが、取り乱した彼女は精神的に普通ではなかったので一緒に行くしかなかった。彼女はずっと喋っていたが、いったい誰に向かって喋っているのかわからないような状態だった。

 

病院に向かうタクシーの中では、今迄の2人の思い出の楽しくない部分を全て凝縮したものをぶつけられた。何度も何度もぶつけられた。その思い出が回り回って自分の身体の中にポリープとして出現したのだと言わんばかりのロジックを黙って聞いていた。まあ、彼女の言うことも間違いではないような気がして聞いていた。

 

黙っていると、何故黙っているのか聞かれ、口を開くと貴方にはそんなことを言う資格はないと言われる。結構な辛い時間だった。周囲に人がいると彼女は普段通りに振る舞った。まるで何もなかったように座って診察時間を待っていた。僕は煙草を吸いながら全く動かない時計の針をぼんやりと見ていた。

 

トイレに行きたくなったが、このフロアーではしたくなかったので、2階に上がってみた。こういうところは病室になっているはずなので、静かだろうとおもったのだ。ところが2階は廃墟だった。驚くほど荒んでいて、一体何をしたらここまでになるのか考えても分からなかった。何十年もかけて放置され無視されたとしか思えない有様だった。

 

「ああ、ここ来たことあるな」と思ったけど、もうその時には心と身体が上手く機能しなくなっていた。視覚で捉えられるものも輪郭がボヤけ始めてきたし、意識は全く違う思考で何かこの世界のスイッチみたいなもの探していた。それは瓦礫の隙間にあった。

 

僕は躊躇なく、そのスイッチを押した。

 

そのスイッチは「世界の裏側」を開くためのものだった。思い出せずにいたが、僕は子供の頃から何回もこのスイッチを押してきた。追い詰められて死にたくなると必ず現れる不思議な空間とスイッチだった。そして「世界の裏側」が出現した。

 

それは世界の舞台裏だった。喜怒哀楽を繰り返す刹那的な人生は、すべて仕組まれていたのだ。なんとなく思い通りになったり、ならなかったりするのでオカシイなぁと思っていたが、こういうカラクリだったのかとすべての謎が解けた。

 

その瞬間に、見たような老人が手を伸ばしてそのスイッチをもう一度押した。その老人は、よく見ると僕だった。何も言わなかったが目で合図してきた。「このままにしておけよ」という意味だった。僕はその廃墟を順番通りに戻って階段を降りた。

 

結局トイレにいけないまま待合室に戻ってきた。それとほとんど同時に彼女も診察室から出てきた。すべてが終わって上機嫌に看護婦さんと話をしている。支払いも済ませたようだ。僕はタクシーを呼んだが、彼女は歩いて帰りたいと言った。

 

行き詰まったらスイッチを押せば良いのだ。そのスイッチは全ての悩みを解決してくれる。僕たちが思っているほど「世界の裏側」に回ってみると複雑な構造ではない。自分が難しく考えているだけという場合ばかりである。考えないほうがいいくらいだ。

 

悩むくらいなら「世界の裏側」を知る方法を身につけよう。そのほうがよっぽど懸命だ。僕は子供の頃から数えて6回くらいこのスイッチのおかげで切り抜けてきた。この力はもう使うことがないかも知れない。もう使う機会もこないだろう。

 

だから、この秘密をそっと教えます。参考にしたら良いと思う。