「ばあちゃん、死ぬのか?」
僕は縁側に座ってタバコを吸っているばあちゃんに恐る恐る聞いてみた。どうしてそんなことがわかったのかというと、今までわずかにだけ漏れていた死臭が急に強くなってきたのを嗅ぎ取ったからだ。ばあちゃんは笑っていただけだったが、こう答えた。
「おまえにはわかるんか?」
僕は正直に言った方が良いと思って、ばあちゃんにありのままを答えた。ばあちゃんから死ぬ人の匂いがすること。そしてその匂いはどんどん強くなっているということ。さらには、その力がどんどん強くなっていることを正直に話した。
「そのこと誰にも言うなよ!いつからそうなった?」
「最近、わかるようになった」
その答えを聞いて、ばあちゃんは絶対に人に言ってはいけないことを深く念押ししながら面白いことを語り出した。ばあちゃんはどうせ死ぬから、大切にしている能力を僕にくれるというのだ。僕は嗅覚が優れていることはとっくに見抜いていた。
ばあちゃんの秘密は、「どうやって幸せに生きて行くのか」と「引き際」についてだった。ばあちゃんの旦那さんは僕たちには優しいけど、絶対に悪い人だと確信していた。どうしてばあちゃんはあんなやつと結婚したのか聞いてみると、
「そういう風に決まっていたの」
と、いつも風が吹くようにさらりと答える。ばあちゃんの力をすれば、もっともっと幸せになれるはずなのに、おかしいじゃないか!僕は子供心によく喰ってかかっていた。そのたびに僕はこうやって諭された。
「おまえももうすぐにわかる日がくるから」
社会に出て揉まれて人間関係で苦労して僕はそのことがわかるようになった。ばあちゃんの教えはとても役にたっている。ばあちゃんは死んでも「魂」が残ると信じていたので、肉体の衰えは諦めていたようだ。結構なペースで煙草を吸っていた。
「みんなばあちゃんみたいに生きればいいじゃないか!」
僕は大きな声を出したが、その頃にはばあちゃんはもう天国にいく準備をしていたので、ただ笑って僕を見ているだけだった。こんな生き方が幸せなら人生はツマラナイなぁと思っていたが、今の僕には「幸せ」がわかる。
遠くにいても存在がなくても、目をつぶると確かに感じられることがある。自分の世界は自分の意思で出来ている。時間が光で出来ているのと同じ理屈なのだ。自分がなければ世界の流れや変化は関係ないのだ。それが世界そのものだ。
1+1は2にならない、もちろん1−1も0じゃない。そうなる時も多いというだけだ。そんな簡単なものではないし、難しいものでもない。好きな人は美しく輝く宝石のようで、嫌いな人はダークグレイをまとっていて目に入ってこない。
声が出せなくても、実像が見えなくても、それよりも大事なことがあるんだ。ばあちゃんはそこを教えてくれた。その時はわからなかったけど、今になってやっと点が繋がったように思う。死ぬ前にならないとわからないようになっているのかも知れない。
ばあちゃんに教えてもらった、この世界の秘密を誰に伝えたらいいんだろうか。