僕の頭の中~文房具ライターの秘密~

文房具ライター:猪口文啓の頭の中(考えたこと、考えていたこと、秘密にしていたことを紹介します)

優しかったばあちゃんとの別れ

今週のお題「2014年のお別れ」〈2014年をふりかえる 3〉

優しかったばあちゃんとの別れ

道に落ちていたエコーで、ばあちゃんを思い出す。

今朝、散歩をしていたら、道に「エコー」の空箱が捨てられていた。僕は煙草を吸わないので、こんな銘柄が未だに販売されているかも知らないが、「ばあちゃん」と過ごした日々が思い出された。とても楽しくてのんびりした時間だった。

ばあちゃんと言っても血縁関係はなく、ただの隣に住んでいた人だった。しかし、本物の祖母以上に僕にとっては「ばあちゃん」だった。色々な花の名前を教えてくれた、野菜の成長過程を教えてくれた、そして人間関係を教えてくれた。

そんな「ばあちゃん」は、いつもエコーを吸っていた。必ずカートン買いで、無くなりそうになると僕に100円駄賃をくれて煙草屋に買いにいかせた。親はお小遣いをくれなかったので、このお金で僕はラムネを買ってこの世の春を満喫していた。

 

 

 

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ばあちゃんは、何でも「出来る!」と言ってくれた。

その頃の僕の夢は「透明人間」になることだった。これが実現すれば、ラムネを気が済むまで飲んだり、母ちゃんの逆鱗に触れたときに簡単に逃げることが出来るはずだ。「透明人間」でなくても「カメレオン人間」くらいでも良いなぁと思っていた。

恥ずかしい話だが、風呂で陰嚢に水を書けると収縮しお湯を書けると驚くほどのスピードで蛸のようになることを僕は発見していた。この能力を磨いて行けば、もしかしたら・・・と思ったが、ある日蛇口から熱湯が出てきてやけどした。

そんなアホな僕を見ても、僕のアホな空想を聞いても、ばあちゃんは「出来るかも知れんね」と笑って言ってくれた。母ちゃんならとっくに殴りかかってきているようなことも聞いてくれた。僕は心のバランスをここで取っていたに違いない。

ばあちゃんの家は時間がゆっくり流れていた。

そして、ばあちゃんの家にはテレビがなかったせいもあって時間がゆっくり流れていた。僕は学校から帰えると、すぐにばあちゃんの家に行って土間の一番隅っこに座ってばあちゃんの話を聞いていた。

鶏肉の肝をどうやって煮るのか、井戸の水はどうして冬暖かいのか、この家をどうやって手に入れたか、そしてその話はばあちゃんから見たこの界隈の人間関係、自分の家族を形作る関係にまで及んだ。壮大なクロニクルだった。

その中で旦那さんの話は出てきなかった。ばあちゃんの旦那さんは大工さんでヘビースモーカーで大酒のみでギャンブラーで・・・とてもやくざな人だったが、絶対に悪口を言わなかった。大正生まれはそんな道徳教育をされたのかも知れない。

ばあちゃんに静かにお別れをした。

社会人になって数年経った頃、母ちゃんから電話が掛かってきた。「隣のばあちゃんが亡くなった」という知らせだった。どうやら癌を患ったらしい。入院して数日で亡くなってしまったと記憶している。

とにかく会社に休暇届を出して実家に帰った。上司から「隣のおばあさんなの?」と言われたが、説明が面倒だったので「遠い親戚です」と答えた。その頃の上司は寛容だったのと仕事が忙しかったのもあってスルーしてくれた。

ばあちゃんと再会したが、目はあけなかった。母ちゃんが「あんたは死に顔を見ときん(見ておきなさい)」と白い布を取ってくれたのだ。驚くほど小さくなっていた、そして驚くほど安らかで眠っているかのようだった。

 

ばあちゃんの思い出はこのあたりにしておく。
でも、「別れ」というキーワードに引っ掛かった僕の記憶です。

 

年末にエコーの空箱を見ただけで、ここに書いた何百倍の容量のデータが頭の中によみがえってくる。そして、いつの間にかあまり「死ぬこと」が怖くなくなっている自分がいる。年末は昔の人を思い出しながらお酒を飲んでみようかと思っている。